映画・テレビ

あらびきプロファイラー劇場

FBI心理分析官/早川書房

快楽殺人の心理/講談社

どちらもロバート・K・レスラー氏関連の著書です。昔はよく日本のTVに出演されてましたが、今もご健在なのでしょうか?

これは10年以上前に買った本で、当時、この上ない感銘を受けた覚えがあります。すでに何度も読んだ本ですが、何となく目についたので再読。何人ものシリアルキラー(連続殺人者)へのインタヴューを敢行し、神経をすり減らしながら練り上げられたプロファイリングマニュアル。例えばエド・ケンパー。身長2m04cmに体重140kg!洞察力があり、頭も良い(殺人鬼という時点ですでに阿呆なのですが、潜在能力値としてはという解釈でいいと思います。)というまさに怪人。15歳で祖父母を殺害、少年刑務所を4年で出所。その後、母親を含めた7人を殺害。この無反省・巨躯の殺人鬼と対峙した場面の描写は想像しただけで身震いがします。看守とのちょっとした行き違いから『そんなの』と狭い部屋の中二人っきりで閉じ込められ、動揺を俺は見抜いているぞと言わんばかりに『お前の頭を捻じ切って、机の上に置いとこうか?』なんて言われて・・・これはマジで怖過ぎ。そんなこと言われただけで即死しそうだ。

そんな目に遭ってなお、稀有な残虐性を示した犯罪者をも社会の安定に役立てようという執念、これには頭が下がります。これは見習ってしかるべきだと改めて思いました。それにしても、このノウハウの全てが日本で使えるわけではない(日本人向けのデータではない)のは残念。

で、日本の現状はというと、最近では『BOSS』なるテレビドラマがプロファイリングを扱っていましたが、その筆舌しがたい曲解、超短絡的展開はまさしく日本古来の刑事物。3話ほど見ましたが、あれでそれなりに視聴率が獲れたり賞をもらったりできるのだから、庶民感覚としての理解はあまり進んでいないみたいだなあとがっかり。

(そういえば最終話で殺されたテロリストの一人が若干自分と縁のある役者さんだったので吹いちゃいました。役柄似合い過ぎです!)

報道のほうでも相変わらず朝から晩まで(自称?)専門家が訳知り顔で空っぽな理屈を振り回しています。未確定情報に惑い、事柄の表面を右往左往する水上の油。特に日テレの夕方はすごい。ああいうズレた人が要職に就ける警察機構って何?って思わざるを得ない出来損ないぶり。いやもう、恥ずかしいやら情けないやら可笑しいやら(不謹慎!)。あの刑事ドラマ的おっさん理論に報道としてどのような価値を置いているのか?と一度関係者に聞いてみたいです。

まあ、あれはあれである意味スゴイ逸材ではあるわけですが、その意味でなら彼の居場所は報道番組よりも『あらびき団』や『働くおっさん劇場』のほうじゃないかなと、密かに空想を膨らませている次第です。

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超人は山へ

ホーリー・マウンテン/アレハンドロ・ホドロフスキー/1973/メキシコ・アメリカ

錬金術師と9人の弟子が不老不死(神性?)を得るためロータス島にあるというホーリー・マウンテンへ向かう。肉体も欲も、あらゆる執着を捨てて辿る秘境への道。高みへ至る魂の巡礼。

エル・トポと同じく示唆的な映像の羅列。外国人特有のあさ~い笑いが時折鼻につく、が、途中の仮装大賞では不覚にも爆笑。しかしやはり総じて下世話。ストーリー性は皆無(キリスト者なら読み解けるのか?)。哲学的根拠を見いだし、あるいはキワモノとして笑いものに、このひとの映画はどう見解をつけるのも自由。相も変わらずの自由。エログロ全開。

ひとは山で解き放たれます。山頂にて、俗人としての人間らしさを捨てることで、より人間らしくなったと師に評される弟子たち。不死=ループ、永劫回帰、またしてもニーチェ的展開か!?と思いきや、あっさり、ばっさり世界ごと放り捨てる超人ホドロフスキー。造物主には全てを破壊する権利が与えられているとはいえ・・・ねぇ。

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銃弾は心臓を射抜く

EL TOPO(エル・トポ)/アレハンドロ・ホドロフスキー/メキシコ

放浪の子連れガンマン、エルトポの冒険。モグラは太陽を求め、見つけた太陽に眼を焼かれる。

以下、作品を観ながらのメモ書き。

過程にこだわる男、結果にしか興味のない女。記号。記号の中身は自分。世界はコミカルで救いようもなく無情。与えると思っているときにも奪っている(セリフ)。他人を許容できない閉塞する己からの開放。映画というよりイメージクリップ。砂漠のツァラトゥストラ。苛烈に死を表現しても仮装記号の域を抜けだすことはない。血を流さない時代劇の死もヤクザ映画の過激な出血死も出力される結果としては同じ扱い。

時間とか空間とかの概念を(良く言えば)超越した作品。人間、どうしても整合性とかを追い求めてしまうもので、逸脱できる才能は貴重。自分が想像するツァラトゥストラ(ニーチェ)のイメージに通ずるものがあった。

特に面白いわけでもなく、だからといって無視もできない。そういう映画。深夜、アメリカの劇場で公開されていたということに意味があるのかもしれません。物語をたどる丁寧さは皆無なので、どうしても見たい人はそのつもりで見るといいです。

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これもひとつの解釈のかたちでしかない

イレイザーヘッド/デヴィット・リンチ/1977年アメリカ

ついに見てしまいましたイレイザーヘッド。たまたま見つけたので無料視聴。

ヘンリーは印刷工。ある日、メアリーの家に呼ばれたヘンリーは自分とメアリーの間に奇形の未熟児が産まれていたことを知らされる。二人は結婚し、三人の生活が始まる。しかし泣き止まない赤ん坊に耐えかねたメアリーは実家へ帰ってしまう。残された子どもは泣き続ける。困惑するヘンリー。次第にヘンリーの世界が異様に変貌し始める。

赤ん坊が作り物か本物かとか、これはヘンリーの悪夢だとかそんなことは横に置いといて、あるものをあるがままに見ればいい。『この描写にはこういう心理的意味がある!』なんて細々としたこじつけはやめて画像を静かに焼き付ける。実はこの作品は虚ろ、空っぽであると気づけます。空っぽな器に入っているのは自分の感性です。いや、この作品だけでなく、言ってしまえばどんな作品においても意味を捏造するのは見ている本人でしかないんでしょう。あるのは指向性の強弱だけで、それすらも選択権は自分にある。従わないという選択も許されているんです。

解釈するのもしないのも勝手にしたらいいという具合の、見ている人間を突き放した感があるこの作品。突き放されると擦り寄っていきたくなる人間のさが、中毒性の高い作品だと思います。

コーヒーブレイク的に挿入されるモンローチックなこぶつき姫が、舞台上にぼとぼと堕ちてくる胎児のような肉塊を軽妙なサイドステップでぶちぶち踏みつける場面が結構好きです。えへっと笑うところで思わずぶん殴りたくなります。

基本グロテスクなのでそういうのが嫌な人は見ちゃダメです。当分、もしくは一生夢見が悪くなるかもしれません。

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とどのつまり神は人

ダ・ヴィンチ・コード

面白くなさそうだと周囲に吹聴しつつ、TVだとタダ見だし、自分の推理を裏付けするために見てしまった。で、見たら感想は書かないとという愚直。

ま、結果的にキリスト者じゃないと楽しめないっていう自分の推理は当たってて、あ~ぁな感じ。宗教がらみの作品は経験則上たいがいそうで、やっぱりこの手の作品はキリスト教圏の人間に対してじゃないと綺麗に共鳴が起こらないです。

たぶん信仰心が熱ければ熱いほど(あえて熱表記)この物語に神秘性を感じたり、壮大さを感じられたり、露骨な反感を以って捉えたりの色々があるのだろうけれど、その迷妄、古い歴史の解釈で右往左往する彼ら宗教人の姿が自分には非常に遠く映るわけで。

躍起になって反論している人とかいましたよね?劇場公開当時。

ああいうのもなんだかなぁと醒めてしまう。

こういう反宗教的立場こそがフラットな位置だと思う自分ではありますが、それも結局観測点次第では偏りの一面だと言われるだろうし、自分だけが中心ではないのは自明の理屈。ですから『ある程度の宗教的主張』までは尊重はしようとは思いますが、かと言って全面的に彼ら、彼女らと相容れることはまず無いです。

その。

単に偏屈ですね、コイツ。

作品に関して言うと、なぁんか先が読めちゃうぞ?っていうサスペンス性の薄さは如何ともし難く、絡み合う複線を紐解いていくのではなく、一個ずつ出てくる問題を逐次解決してゆくという、どうにもB、C級の糞ゲーを解いている感覚。

うんうん唸るような、後を引く謎ってのは正直無かったですね。

ホーリーグレイルは女性のことで~のくだりを主人公が既知であるのなら早い段階で(ヒロインを指差して)『流れ的にお前じゃね?』ってな具合に気づけるだろ!頭良いんだろうが!

あえてそのボケ具合がいいのか?

とりあえず最後のほうで言っていた『キリストは人間』っていう解釈にだけ価値があった。てか、それが当たり前。天皇は人だって言っといてキリストは神じゃ理が合わんよ。

映画化はされてないと思いますが、フーコーの振り子(ウンベルト・エーコ著)という小説がテンプル騎士団とか薔薇十字とか同じような題材のほかに多くのエッセンスを盛り込んで書かれています。が、こちらは未だに理解不能、恐ろしく難解。ちょっとめんどくさ過ぎるんじゃないの?感もする自虐小説なので再読はできていません。

なのでオススメもしません。

しかし、イアン・マッケランは渋カッコ良いな。

ちょっとオカシイ老人役がよくハマる名優。

正直この人ばっかり見つめてた。

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テレビってどうなっていくんだべ?

TVを最近見なくなったねと、ちょっと前に帰省してきた友人と話した。

確かに以前に較べて本当にこの電気箱を見なくなりましたし、そこは大人になったからとかじゃないと思うんですね。

なんか前もやったかもとか思いつつ、日々更新される新解釈としてここで自己中心なジャンル別評価。

()内は○よく見てる、△モノによって見てる、×3分以上見る価値なし。

バラエティ(△)

ほっとけばいいのに神経質なクレーマーを気にしすぎて中途半端。スベらせ笑いが多すぎる。『スベッた』→『スベってへんわ~!』は乱発不可だと思うし、本スベりしているのにそれを連発されると瞬間冷却。ある程度の変顔ができて、ある程度のキモチ悪い動きができれば大爆笑確定というハードコアなお笑いファンには不遇の時代。(雨トークはハズれもありますが恒常的に面白いと思います。)

フットボールアワー(漫才)、ブラックマヨネーズ(漫才、フリートーク)、さまぁ~ず(フリートーク、企画)有吉さん(ギリギリの毒バランス調合)土田さん(多種多様ななボケの才能も活かす的確なツッコミ)宮川大介さん(体当たり企画、フリートーク)エガちゃん(唯一神、真のオンリーワン)

今思いつくのはこのくらいですが、この人たちは掛け値なしで面白いので出演番組を見る率up。

伊集院さんはトーク、企画とも最高評価ですが基本がラジオなので番外。

こうして列挙してみるとコントの才能がいませんね。

報道(×)

政見放送的プロパガンダと政府勢力対反政府勢力の卑小な口喧嘩に満ち、凶悪犯罪の犯人像を推理小説を楽しむかのように邪推し、捻じ曲げ、心の闇というアイコンに縛られ続ける肩書きだけの専門家。心理学なんて体系ができて何年?刺激的だからとそういう不確実な学問に重きを置くのは軽率。

知る価値のない芸能人のスキャンダラスな記事を追いかけたり、果ては捏造までしてしまうのは視聴率を見越してなの?

個人的に意見するならメインキャスターたちはバランスを読みすぎだし、もう少し偏って突っこむことも必要じゃあなかろうかと思う。なので現在のような問題提起にだけに力を入れるスタンスから、問題提起+抜本的解決策というスタンスに変わってもらいたい。その発言に責任が持てないならその衆目の席を誰かに譲ればいい。

とにかく報道が視聴率を気にしはじめたらもう終りです。

そうなったらもう全然機能してないので何のために報道するのか今一度考え直したほうがいいです。

ドラマ(△)

ディテールの創りこみが浅すぎ、素人でも知ってるようなことを平気でスルーしていく。コレ面白そう!って思ったときは大体クドカンの文字がエンドロールに躍る。偉大です、クドカン。

アニメ(△)

基本ドラマに同じですが、ときたまコアで深い情報が混ざっていてあなどれない。てか、評価できるほど数を見てないので正当な評価ではないです。バンドサウンドが好きなのでけいおん!(なんか妙に推し過ぎで気持ち悪いぞ?)は、ほんわかしたり曲を耳コピしたり楽しめてますが放送時間が深すぎてグッタリ。

スポーツ(△)

野球、サッカーに限らずスポーツ全般がそもそも好きだから見ます。

過度な演出が好きじゃないので演出だけの評価ならかなり低いです。スポーツはそのものが面白いのだし、派手な演出は会場側に任せるといい。ヨーロッパ的シンプル+スタイリッシュな画面が理想。

ドキュメンタリー(△)

暗いのはあまり見たくないのが正直なところ。

他人の不幸に寄り添い過ぎの、心情的に暗くどんよりした悲劇性の暮らしに大した価値はないと悟ったので。

情熱大陸はたまに人格を疑う質の悪い質問が飛んでヒヤヒヤすることもありますが、大体面白いので対象人物によっては見ます。

全体通して怒りを撒き散らす不毛なプログラムは最低だと思いますし、世の中をイライラさせるツールに成り下がっているというのがこの電気箱の現状だと感じています。

この流れはストレス解消するためにイライラ番組を見て爆発する、怒るとイライラは溜まるのでさらに・・・という悪循環を招いていて、それは怒りを溜めて一息に撒き散らすことに快感を覚えてしまったある種の中毒性質なので早めに環を切るべきです。

切ったらすごい楽。

もちろん見て見ぬフリの逃げ口上にしてはいけないのだけれど、自分に観測されない事象は起こってないのと同じという理屈をおいしく使い分けると力がうまく抜けて楽。

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風は流れ人々は去り縁は続く

Gyaoで無料映画を漁り貪る。

気球クラブ、その後/2006年

最初だれ気味で寒気を呼びますが、そこを我慢して見続けることができれば最後ははそれなりにまとまっていると思います。

10段階評価なら5~6ぐらい。

暇な人は自己責任で観たら?ってところですね。

ここからは幾つかの身勝手な主観を。

・煩わし過ぎるカメラワーク

携帯で喋る側をいちいち抜くから観ている側は眼が疲れるし、カット展開が早過ぎでアンニュイな空気が台無し。

あえて話し相手の台詞を一切カットしてしまって、受話器から漏れ聴こえる声で誰と何について喋っているのか観察者に推理させるのもアリでは?

・台詞

若い俳優を使って素人的日常感を出すなら、もっと台詞は簡潔なほうが自分は好み。

恥ずかしい非日常な詩文的台詞をモノに出来てない俳優がちらほら。

一番言いたいことは言わないでおく、そんな削除の美学。

いいストーリーは余計なことを語らない、語らせない。(自分で自分を語るのは最悪中の最悪)

最後まで隠し通した部分が情緒となり、読後感や余韻になる。

この作品は隠れた部分が気になったので、その意味でプラス評価。

出演俳優によって場面場面の浮き沈みが激しいのは難点ですが、若手起用というチャレンジという意味でこの作品は有意義。

ラスト30分ぐらいからだんだんよくなってきて、ラスト10分あたりからが本当のみどころ。

『地上で言って?』はそのものとしても、後々の種としても名台詞。

ちなみに自信をもってオススメしたい最近の青春モノは夜のピクニック。

頭ひとつ抜けて好評価、9点以上あげられます。

こちらはうるさ過ぎず冷め過ぎずの良い塩梅、若手らしからぬ好演が作品全体で観られます。

あ、やばい。

ちょっと用事ができたのでこの辺で。

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娯楽超大作は得てして平坦な大衆性の内に安住して堕する

レッドクリフPart1(TV)

作品を読んだり観たりしたらどんな評価でも示すのが礼儀だと思うので最近書くようにしているのですが、今日は酷評ばかりですので悪しからず。

便宜上、魏、呉、蜀で呼び名を統一。

良いところ、悪いところを箇条書き

・資料があまり残っていない(らしい)赤壁という比較的自由な題材を扱ったわりに凝り固まった解釈ばかりで新鮮味に欠ける。

・呉、蜀のいいとこどりで塗り固め、徹底的に魏を貶めたところがかえって双方に卑小な印象を残す結果に。

・残虐性ばかりがクローズアップされた戦闘シーンは長過ぎる上、全体のリズムが悪くだれる。八卦の陣のマスゲームとしての美しさだけは好評しとく。

・孫権へたれプランは面白いけど中途半端、どうせならもっとへたれ扱いで孫尚香の尻に敷かれるキャラづけして、最後まで通しちゃったら良かった。

・史実、資料とは大きく異なりますの注意書きが必要。

etc・・・

魏が負ける映画なのは五百歩譲って良しとしよう、しかし、曹操が関羽を指し『我が軍にああいう猛将はいないのか!?』て言っちゃったりするのはなんなの?張遼とか夏侯惇とか淵とか魏にもいるっしょ?たくさん・・・って今キャストを見たら惇と淵はフュージョンさせられてる~!!

あ~あ、だわ。

このジョン・ウーという監督、英傑を語るには粋と腕力と緻密さが足りない。

腕力っていうのはつまり豪快さのことで、雑は豪快と違う。

そういう男としての物足りなさが全編通してのセリフの浅さに出ちゃってる。

そのアメリカ人的な駆け引きなしの浅さは死に至る病クラスで絶望。

爆発させときゃ興奮するだろ?的な。

男女の愛情表現は必ず入れろ!的な。

そういう浅はかさが三国志に出てくる豪傑たちの凄みを損なっている。

たとえば、八卦の陣で勝利した場面。

大勝利と吠える兵卒群。

それに対し満足そうな笑みを浮かべる軍師。

とてつもなく違和感。

あんな小さな勝利にああいう大満足はどうだろう?

あそこは一喝、兵を鎮め、お前たちの大勝利はこんなものか!お前たちの本当の目標はなんだ!?と、更なる大きな目標すなわち曹操の首を獲るための大戦へと兵をたきつけるとか、男の駆け引きの熱さ、怜悧さ、汗臭さ、そういう高度なモチベーターとしての美周郎が観たかった。(その横で知者不言の孔明微笑が粋!)

まあここまで大体予想通りで、酷い徒労感こそ残りましたが劇場行かなくて良かったよねという確認作業みたいなものでした。

こうして蒼天航路がいかに優れた作品か、反面教師で理解したのです。

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世界の一元化を狙う帝国

スターウォーズ。

あまり好きじゃないのに何故か観てしまう、それでいて全作品大して面白くもないから困る。

昨日TVで放映されていたけれど、やはり呪われたが如く観てしまった。

どんなもんだろうって思って、懲りずに観ちゃうんだなぁ。

う~ん。

結果は想像の域を出ず、なんだかとても残念な仕上がりで・・・。

セリフの端々に政治主張へのプロパガンダが見てとれるところなんか特に遺憾。

彼らは世界の一元化を狙ってるのか?

それとも自国を帝国になぞらえた自虐?

なんともアメリカ人の意図は読みにくい。

大金使って、派手にアクションしてっていう、そういう娯楽超大作止まりで良かったんじゃない?

政治思想が絡む作品なんて純粋に楽しめねぇっつの。

まあ、それが解消されたところでストーリーは子どもが書いたみたいな稚拙さ(アナキン?が暗黒面に落ちてシス?と師弟の契りを結ぶに至るまでの流れは唐突に過ぎ、彼を弟同然に愛していたと言う理性の戦士は、生きながら身を焼かれる瀕死の弟分を放置し立ち去るという極上の無慈悲を披露)だし、どちらにしても自分は楽しめない確定。

やっぱ遺憾だわ。

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黄金の青年はもういない

押入れの在庫整理をしていたら出てきた映画。

『ゴールデンボーイ』

監督/ブライアン・シンガー

キャスト/ブラッド・レンフロ、イアン・マッケラン

あらすじ。

スポーツ万能、頭も良い青年(ブラッド・レンフロ)が、アメリカに潜伏していた元ナチ将校の老人(イアン・マッケラン)の過去に興味を持ち、正体を公表すると脅し、その残虐な歴史を語らせる。

次第に二人の中から芽生えてくる『何か』の感情・・・。

大体こんなとこ。

思わず見ちゃいましたね。

ブラッド・レンフロ。

最近見ないなぁと思って。

・・・思って。

あ。

調べてみたら。

亡くなってたんですね。

彼。

しかも2008年1月って。

ついこのあいだじゃないのさ!

一体どうなってるんだい?

ドラッグ乱用で死ぬ俳優多すぎUSA。

アメリカの社会構造の歪み。

アメリカ人の精神構造の欠陥。

見て見ぬフリ+外罰的。

日本に負けず劣らずの放置国家っぷりですな。

個人の問題と突き放す前に鑑みるべきことがあるんじゃないの?

って。

アメリカ人を見つけたら言っといてくださいな。

という他力本願で〆。

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