アニメ・コミック

犬を喰う者、犬に喰われる(今日の格言)

紆余曲折ありつつ無限の住人25巻とシスタージェネレーター入手。

とりあえずその感想。

無限の住人25巻/沙村広明/講談社

『知らずに毒に染まるくらいなら自分で毒をひっかぶって生きろ!!

それができなきゃいっそ腑抜けとして生きろ!!』

犬喰ってた人間が生きながらにして野犬に喰われて死ぬ。そんな最低の最後をも覚悟している、笑いながら獣の如く享受するシラ。

直後に『己みてェな人間の云うことは信用するな』と言ってしまうあたりが、この人獣の悲しい性。

このキャラクターを通せば『自分は死刑になるべき人間だ』などとうそぶく罪人がいかに浅はかで保身的もの言いをしているか分かる。本当に本心から死刑を望むというなら中途半端な反省の言葉、態度など吐かず示さずで地獄に身をやつしたそのときのままで法廷に立てばいい。そうしたなら簡単に死刑になれる。

それが潔い態度だとは微塵も思わないけれど、前者の保身的なやり方よりは幾分かマシだとは思える。さらに、ああいう表面的な言葉に反省態度良し!の烙印を押してしまう判事もどうなんだろう?そこは性善説、性悪説のどちらを信じるのかというところなんでしょうけれど、どうしても違和感を拭い去れない。矯正可能を保証する根拠が見えない。

あれ。

本の感想じゃなくなってるし。

・・・・・。

雪の舞い落ちる中、咲く血花。雪の白と血の赤のコントラストは美しいと思いましたね!

(とってつけたようにっ!)

この巻で声をあげて笑う自分はどうかしているんじゃないか?と、今、本気で疑っています。

シスタージェネレーター/沙村広明/講談社

楽しみにしていた短編集、微妙にネタバレありですがご了承を。

久誓院家最大のショウ

『お前は不機嫌なときが一番綺麗だよ。』

美しい我が娘、馨に対するマゾヒスティックな衝動を抑えきれない純情な父親の、真性マゾゆえ攻めに転じてしまうというその姿勢が愛らしい。自分はSとかMとか実はよく分からなくて、SかMか?と聞かれると大概両方と答えている。サディスティックな嗜好性もその先ではマゾヒズムにつながっていたりするし、その逆もまた在る。つまり嗜虐性のふり幅で分類されるべきじゃあなかろうか?と。

同級生の久誓院に『さん』付けでしか話しかけられない、腰抜けのチキン南ばんちゃんが何気に好きです。

ブリギットの晩餐

貧困層の少女が人身売買で落ち目の貴族の家に売られていく話。

ありがちなストーリーを沙村流で書いたらこんな感じ?という流れからラスト3ページで衝撃展開。何度もページをめくりなおしてつながりを確かめたほど。リーンカーネーション?夢?説明が足りない分だけ色々膨らむイマジネーション。短絡で分かり易すぎるTVドラマ班の方々は少しこの意地悪さ加減を見習うと良いと思う。

バウムクーヘンのように同じような相(世界観)が何層にも重なっているイメージ、どこまでも同じ、終りが始まり、ある意味絶望的な永劫回帰の世界観。この終幕は自分の思い描く宇宙外世界のイメージのひとつに重なるものでした。

シズルキネマ

売れてない漫画家と中学生の同居生活。ブリギットに似て非なるイメージ遊びの世界。ブリギットと連続したせいか、また?と思ってしまった。

『人のやる事なす事に『中二』とか言って悦に入っている連中が一番何も作り出せない層なんだよ!バーカ!!』

劇中、リアル中二に対して放つこの台詞が大好きです。自分が上がることでではなく、他人を貶めることで自己の優位性を高めようとするような一部俗人のようにはなりたくなぁと思います。

下層戦略 鏡打ち

作者さんが初めて九蓮宝燈をアガった時の実話との事。麻雀に関して自分は下層以下のクズ蟲レベル、スジとか知っててスゴイねっ!とか言っちゃうレベルなのでこの話にはなんとも言えねっす。

青春じゃんじゃかじゃかじゃか

告白に自作の歌とか理解不能の世代。親の無垢な愛情は、ときに青年を傷つけるんですよね、分かります。

この砂和って名前、むげにんのほうで凛の関所抜けのときにも、ちろっと出てきてたなぁ。

エメラルド

どっかで聞いたことのあるような西部劇、だけどまとまりよく出来てる。西部劇的ピタゴラスイッチ。気持ちのいい、ストレートな作品。マサカー・フォックスの顔が『涙のランチョン日記』の五夜さんにそっくりなのは仕様でしょうか?とりあえず自分の中では五夜さんの過去として位置づけしています。

制服は脱げない

エッセイ的漫画。こういうの好きです。自覚ある偏見持ちは国際的に保護飼育されるべきです。ギョニソ(魚肉ソーセージ)のパッケージに印刷されているコチニール色素、まさか原材料、虫だとは思いもよりませんでした。ゲヴェルクシャフト(労働組合・独語)はラムシュタインより断然カッコイイ響きですね。

蔵出しイラスト『本を読む少女』

とりあえずその横に寝転んでみました。(脳内発生イベント)

表紙の裏

やっぱりありました、オマケ。

某カードじゃんけん。

爆笑です。

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Don’t say “Good bye”

けいおん!本編が昨日終わっちまった

それだけでなんか絶望感~~note

ああ。

来週には番外編が残るけれど、それ以降の木曜日に何の期待もない。

ただのLazyな木曜日。

眠たいときに安眠できる、安息の木曜日。

それはそれで幸せかも。

最後は一緒に演奏なんて倒錯。

敷かれた布団の上、オネエ座りで疾走感。

ビートを刻むツーフィンガーはけいれん寸前。

ちょっと極まった結果です。

ストーリーの性質上、二期も十分あり得るので期待。

このまま伝説的に終わるのも良いのですけどね。

耳コピ熱を定着させてくれた桜高軽音部に感謝。

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ガイナックスの回し者みたいな口ぶりで

エヴァ、再放送するらしいですね。

できればビデオフォーマット版が望ましいのですが、無理でしょうか?

再放送なんて全然知らなかったのですが何の因果かついこのあいだ突然見たくなり、VHS録画してあったモノを見たら映像が超劣化状態に!ちょいとしたショックを受けましたが劣化と言うからイメージが悪くなるのだと思ったので、これを自分はヴィンテージ感と呼称することにします。

モノは言いよう。

自分的前半オススメ話は第11話『静止した闇の中で』と、第13話『使徒侵入』ですね。

第11話は本部初の被害が対人だとか話の序盤に出てくる街宣車が後の複線になっていたりと、ひとつひとつの要素がスライドパズルのように連動して一枚画を創るあげていくような、その感じが絶妙。指令、副指令を使った唯一のギャグが飛び出したり、それ以外にも遊びが多くバラエティに富んだ仕上がり。本筋のシリアスさから見るといささか脱線しすぎと指摘されそうな話でもありますが。

汚点を挙げるなら画の質がシリーズ中最悪ということ。レイのアゴが伸びすぎなカットがあったり、デッサン力0なアニメーターの質が口惜しい話。

第13話はもう言うことなしの傑作。

リッちゃんとミサトさんの底が見えない関係が露呈してきたところでのつかの間の和解。緊張と緩和。1秒の余裕を0やマイナスじゃないから大丈夫と宣言しちゃう赤木先輩に赤らむほほを自律できません。

この2話、ほとんどエヴァが活躍しないところに他の話にはない躍動感があり、ぐいと迫るものを感じます。特筆したのはそういう理由。

ただ、こうやってオススメを選考すればするほどに1+2話も捨て難く、5+6話も、9話、10話、18、19、23…と、とどのつまり全部良い!に帰結するわけで、見たことない人はいい機会だから全話見たらいいと思います。

シリーズ全編において、緊張と緩和の扱い、アニメ的な嘘(JAを止めるときのエヴァの着地シーンなど)も上手に無理なく採り入れて視聴者の興奮をコントロールする、このセンスには他者の追随を許さないものがありますね。

名監督です。

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平等と格差と貴族とメイドさん

エマ/森薫

(かなり前から)感じていたインスピレーションに従って手にとってみた漫画が想像以上に面白かった。

イギリス貴族社会の徹底した差別主義や、そこから生ずる身分違いの恋に燃えることの後ろめたさとか、そういうものを超えて本当の人間愛を獲得してゆく人たちによる物語。

高慢ちきな貴族のブルジョア発言に『なにをこのっ!』って思ってみたりもするんだけれど、貴族的で洗練されたその優雅な立居振舞いはそういう高みからしか生まれないのだろうし、本当の格式を身につけた人にはやっぱり憧れてしまう。

(途中で出てきたウィリアムの友達、軍人家系のロバートが出番こそ少ないけれど最高に男前で理想的英国紳士)

昨今では格差をなくせ!平等に!と声高に叫ばれていますが、格差があって初めて文化的、経済的成長があるのだということも忘れられてはならないような気がしますね。

軋轢が反発を生み、飛翔力となる。

無難こそ好まれる平坦な社会にあって飛翔者は羽をもがれる。

完全な平等は画一化された統制社会にしか存在しない。

それじゃあつまらないでしょう?

平等っていうのは理想や信念として胸の奥で温めておくと価値が出るものであって、徒党を組んで叫び散らすような苛烈さは似合わないし、驕慢な経営者に憤るのは理解の範囲だけどそれが自己満足の宴になるようでは無意味。

そもそも『ああいうやり方』では公平性に欠けている点で平等が損なわれている。

平等を叫ぶが故に平等が損なわれるという矛盾をどう処理しようというのか。

結局、高低険しい経済世界をみんなで仲良く歩くための靴にはならないんだと思う。

平等の理想は近しい人にそっと手渡す花のようであればいい。

・・・話を戻しまして。

古いイギリスのことは正直よく知らないのだけれど、そんな自分にも分かりやすく、確かな時代考証による安定感が心地よく響きつつの非常なメイド愛に溢れた良作がこの『エマ』でして。

ほわんとした画風にきっと疲れた紳士淑女はやられてしまうことでしょう。

で、その後なんだか無性に西洋文学に触れたくなってしまい、無形の力の導きに従って手にしたのが

ドリアングレイの肖像/オスカー・ワイルド

はつ恋/ツルゲーネフ

という。

ツルゲーネフはロシア、男色家ワイルドはイギリスだけど・・・・・なんか違うかも。

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みつけた

半年ぶりぐらいにGyaOをのぞいてみたらeureka。

エウレカセブンが10話限定でリストアップされていた。

交響詩篇エウレカセブン。

ファーストガンダムのストーリーに酷似してこそいるけれど、そこにはエヴァやジブリ的な演出の系譜が入り込み、良いバランスで新しい世界感覚を積み上げてくれている。

さらに作中を彩る曲のセンスが抜群に良い。

この作品は新しい世代における日本アニメの総決算の位置にある。(と自分は思う)

特に『退廃的で臭い坊さん』が語るアジア的精神思想が面白く、物語全体に爽快感があり自分評価は高い。

とりあえず2話だけ見たら、何故だか無性にジェームズ・ジョージ・フレイザーの金枝篇が読みたくなってしまった。

サブリミナル?

ベルクソン。

ニーチェ。

渋澤龍彦。

柳田国男。

書棚に居並ぶ、いかつい面々。

読むのが遅すぎてもどかしくなる、基本的に思考&筆記魔。

ノートとインクが減り続けるだけでページが進んでいかないこともざら。

スピードアップを図ろうと気になる箇所に線を引く手法も試したけれど、それだと二度目に読んだとき、その線引きが固定観念となって新しい気づきを遮断するので却下。

誰かが薦めるスタイルよりも、拾っては捨て、自分で体得したスタイルがよどみなく心地よい浸透圧。

しかしこれではフレイザーよろしく書斎の学問、安楽椅子の哲学。

実践無き学問に大いなる価値も飛躍もない。

フィールドワークこそが重要なんだろう。

あっ!

ウソつくの忘れた!

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極上の気恥ずかしさは甘やかにとろける蜜の夜に

互いが互いを思いやるが故にうまくいかない恋愛青春群像劇。

自分の欲望、願望をうまく自認できず、もがく若人たちの姿に共感。

とらドラ!

最後まで減速せず、きちんと楽しんで見ることが出来た作品は流星の絆以来。

まあ。

きちんとと言っても8話からですが。

元来その時間、起きて家に居たなら伊集院さんのラジオを聴きくのが常套。

しかし、その夜何か予感めいたものを得、面白かったら見逃し損だからとキャラクターデザインに(ピンクの髪はこどもが見るものだ的な)若干の抵抗を感じつつも、軽い気持ちでなにげに録画しといたのが第8話。

そこでキラリ光るものを見てとり、見事にはまる。

ライトノベルだからとか、アニメだからとかキャラデザとか、そういうものに惑わされてはいけないと改めての自戒。

最近のドラマ(韓流では特に!)でよく見られる、単純な敵味方の構図はここにはなくて、単調で撒き餌が下手な9時10時のドラマに飽きていた自分を満たす、複雑ではあるが複雑過ぎない関係図。

色々な未来の萌芽を視聴者に読み取らせつつ、その芽をむしり取らないように展開される物語。

多少の説明くささはご愛嬌で、それは話数が限られてるなかで原作を表現しなければならなかったのだろうという観点から、許容範囲内。

アニメ化の命である画の質、構図、テンポともに良かった。

それにしても17歳・高校生という不安定さ、不完全さの意図的(?)な演出が心にしみるのは重ねた年月のせいでしょうかね?

原作は読んでないのだけれど、あの台詞回しの優秀さが変わらないのなら見直すわ、ライトノベル。

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海ちがいでナディア

腹が痛い気がして起床。

実際には痛くなかったし、トイレに行っても滴ひとつ出ない。

時間は6時半。

そういえばこの時間。

この前まで世界名作劇場『ロミオの青い空』が放映されていた時間帯。

なんだかイイ予感がする。

もしかしたら後番で同じ世界名作劇場シリーズ『七つの海のティコ』あたりやってるかも?

そんな淡い期待を胸にTVをつけてみた。

そしたら。

別局で。

『不思議の海のナディア』

放映されてた。

NHKではなく、民放で。

途中、CMが入るのがなんだか新鮮。

これ。

小学生のときリアルタイムに見たこの作品が今の思考(嗜好)の根幹に影響を与えていることは間違いないという、自分のトラウマアニメ。

自分の『地黒の娘が好み』という愛情の方向性を決定的なものにしたと一部報道で噂されるナディアさん。

(しかしまあ、今見た分にはめんどくさいただの小娘。)

なにはともあれ幸運。

話は・・・第18回。

『ノーチラス対ノーチラス』

ああ。

フェイトさんは死んだ後か・・・。

(ちなみにこの第15回『ノーチラス最大の危機』が自分アニメ史上最大のトラウマ。未だに忘れらない悲鳴とフェイト/fate/『宿命』という名前。潜行中の潜水艦の中で毒ガス発生の危機、しかし直上に敵がいるため浮上は出来ない。船全体を助けるためにフェイトさん含む乗組員3人がいる機関室を封鎖し、見殺しにするという回。その前にフェイトさんとジャンが和むシーンがあったりして鬼畜。一方を助けるために一方を殺してもいいのか?という昨日チラッと見たTVでもやってたトロッコ問題の回。長々とすみません。)

フェイトさん南無です・・・。

しかし。

これは空中戦艦が出る前。

中盤最大の山場直前という僥倖!

実は見逃し続けること3度。

3度、空中戦艦と戦いそびれている自分。

今度こそは逃さんぞ!ガーゴイル!

あ。

エンディング曲は簡単めなスラップが入ってる。

ベース練習曲にしようかしらん。

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その時間は忘れた頃にやってくる

なんだかここんとこアニメを観まくっている自分。

まあ、例によってヒネクレ者の自分ですから、あんまし御眼鏡に適う作品は見つけらないんですけれど。

そんな中から面白かったものをご紹介。

yahoo!動画で配信されている

『イヴの時間』

2ヶ月に1話という配信ペースが多少のネックで、忘れた頃にやってくる新作。

更に1カ月限定配信らしいので第2話は見逃す寸前でした。

SFモノ。

ロボット三原則の解釈に『嘘をついてはいけない』とはされていないという盲点を巧みに突いた作品。

大して大きな事件が起こるでもなく、余計な演出を省いて淡々と進むところが良い。

きわめて日本人的な恥の文化のエッセンスなど、現実的で考えさせられる要素もあり、今、楽しみにしている作品のひとつですね。

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失われて気づく物語

引き続き失敗談。

マクロスF(フロンティア)というアニメを、最近ようやく5話までまとめて見たんですけど。

ありゃ?

けっこう面白いぞ。

実は前にたまたま第2話(?)を見てたのです。

はるか上空。

バルキリーの手に握られて。

生身で急激なストップ&ゴーを繰り返しても平気な緑髪少女。

『そんなわけないじゃん、ブラックアウトして死ぬよ。』

とシニカリズム発揮してTV消しちゃった。

この行為が全ての元凶。

その後ちゃんと見続ければ彼女はゼントラーディ(あってる?)とのクオーターで丈夫!という納得のゆく(?)説明が挿入されるのに。

面白いと気づいた時点が昨日。

TV放映が終了したのが今週の月曜日。

基本的に現在アニメを見る習慣がほとんどなく、さらに放映時間帯の壁があったにしろ。

・・・バカだ。

マクロスといえば言わずもがな音楽を主題にしたミュージカルアニメですが。

ミュージカルのように歌を聴いて気恥ずかしくなることはまるでなく、むしろ興奮する演出が大多数で。

その音楽自体も良い具合。

マクロスけっこういいじゃん。

という改めての認識。

ていうか、思い出したんです。

自分、マクロス好きだったということを。

確か前作のマクロス7放映は中学時代。

そして、記憶が正しければ日曜の昼の時間帯。

サッカー部との兼ね合いでけっこう大変だったハズ。

だけど、色々駆使して見てたぐらい。

なのに今回は見なかった。

まあ、5話まで見た時点では間違いなくガンダム00をダントツでブッちぎる評価点。

なのに見なかった。

どんなに作品を褒めても、褒めれば褒めた分だけ最後に自分の無能さを痛感する負のループにどうやらハマってしまったようです。

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アニメソングの本懐

昨日のTVショウ(再放送)に出演していた田中公平さんにはかなりお世話になったクチで。

うわ~。

スゲェ懐かしい!

『絶対無敵ライジンオー』

学年こそ違えど同じ『3組』だったから、かなり感情移入しちゃってたのを今でも覚えてる。

主題歌がまた絶品で、これは田中公平さんの作曲ではないみたいなんですけれど・・・とてもイイ。

やりたいことばかり たくさんありすぎて

机の前になんて じっとしていられない

ホントそうだった。

まあ正直な告白をするならば、やりたいことが無くてもじっとはしていられない性質でしたけど。

アニメの主題歌はやっぱり歌詞にタイトルが入ってるほうが良い。

今でも口ずさめるのは結果、年月が経てばさらに風味を増すような、『そういう主題歌』だし。

今が旬の売れっ子ミュージシャンによる主題歌なんて所詮は使い捨てで、風情も何もあったもんじゃない。

我が強すぎると言うか・・・。

節くれだっていると言うか・・・。

でも、これはオファーを出すほうが悪いかも。

結局、最近のアニソン事情は良く分かっていないのが自分の実情なのでこれ以上はなんとも言えないけれど、的外れなことは書いてないと思う。

田中公平さんの作曲は確かに田中節と呼べるものがありますが、それはけっして作品を邪魔するようなものじゃなくて、もっと心地良く『するり』と響くんです。

それでいてなお、挑戦を忘れないという。

本当に凄い作曲家です。

自分の精神世界の源となる時間にこの人の曲があって本当に良かった。

これからも子どもたちの為に良い曲いっぱい作って欲しいなあ。

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