プロスポーツの取材規制、その是と非
レッズ、フィンケ監督の若手取材規制賛成派だったのに、犬の一吠えでもとの木阿弥。
プロスポーツはエンタテイメントであるのだから規制するべきじゃないというその理屈はよく分かる。
しかし、知りたいという人の本能は抑えがたく、故に世の中には虚とも真ともわからないゴシップが氾濫し、それを伝える報道がしばし冷静さを失う。
それが現状。
出てきたばかりの若い選手に対して突然、代表の救世主候補のレッテルを貼り付け、それ一辺倒の攻勢をかけるのはどう考えても理性が足りてない。
そういう過熱気味の浮かされるような熱帯から期待の若手を護る為の、やはり何かしらの防御策を講じることこそ正しい方向のように思う。
組織(集団)の個人に対する過ちは一度犯せば後戻りは難しい。
若いときから期待され、担がれ、勘違いして落ちていったトップ選手が世界には沢山いるし、先日インテルを解雇になったアドリアーノあたりその典型で、あれは最悪の例だとしても管理指導、規制は必要。
管理指導を徹底する、それはビッグクラブであればあるほど他クラブにとっての模範例として正しく存在しなければならない。
こういう規制論が展開されるとき、報道の自由というたいそうな言葉がしばし発語され、その言葉を耳にしますが、そういうときあまり良い気持ちはしないですね。
自由にはその自由度に比例した重大な責任がついてまわるもので、それは避けられない。
責任を負う覚悟の無い人が使い勝手がいいからと濫用していい類の言葉ではないでしょう。
荷重され限られたスペースにこそ、安心と自由の開放がある。
だから縛りはきつめにという持論。
報道にとって縛りの全てが不利益か?と言えばそうでもないくて、そういうルールがあれば限られた機会に良い質問をしようという意欲が高まり、より効率よく、密度の濃い良い話が聞き出せたりするんじゃないかとも思いますし。
以上、手当たり次第乱雑に食い散らかすより、おいしいところだけ綺麗に深く食べましょうというテーブルマナーの話でした。



最近のコメント