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2009年5月3日 - 2009年5月9日

プロスポーツの取材規制、その是と非

レッズ、フィンケ監督の若手取材規制賛成派だったのに、犬の一吠えでもとの木阿弥。

プロスポーツはエンタテイメントであるのだから規制するべきじゃないというその理屈はよく分かる。

しかし、知りたいという人の本能は抑えがたく、故に世の中には虚とも真ともわからないゴシップが氾濫し、それを伝える報道がしばし冷静さを失う。

それが現状。

出てきたばかりの若い選手に対して突然、代表の救世主候補のレッテルを貼り付け、それ一辺倒の攻勢をかけるのはどう考えても理性が足りてない。

そういう過熱気味の浮かされるような熱帯から期待の若手を護る為の、やはり何かしらの防御策を講じることこそ正しい方向のように思う。

組織(集団)の個人に対する過ちは一度犯せば後戻りは難しい。

若いときから期待され、担がれ、勘違いして落ちていったトップ選手が世界には沢山いるし、先日インテルを解雇になったアドリアーノあたりその典型で、あれは最悪の例だとしても管理指導、規制は必要。

管理指導を徹底する、それはビッグクラブであればあるほど他クラブにとっての模範例として正しく存在しなければならない。

こういう規制論が展開されるとき、報道の自由というたいそうな言葉がしばし発語され、その言葉を耳にしますが、そういうときあまり良い気持ちはしないですね。

自由にはその自由度に比例した重大な責任がついてまわるもので、それは避けられない。

責任を負う覚悟の無い人が使い勝手がいいからと濫用していい類の言葉ではないでしょう。

荷重され限られたスペースにこそ、安心と自由の開放がある。

だから縛りはきつめにという持論。

報道にとって縛りの全てが不利益か?と言えばそうでもないくて、そういうルールがあれば限られた機会に良い質問をしようという意欲が高まり、より効率よく、密度の濃い良い話が聞き出せたりするんじゃないかとも思いますし。

以上、手当たり次第乱雑に食い散らかすより、おいしいところだけ綺麗に深く食べましょうというテーブルマナーの話でした。

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世界に穿たれた覗き穴

見上げれば満たされた月輪。

微かにかかる薄雲が月光を乱反射し、ぼんやりと放射状のめくるめくサンバースト。

ほの暗い夜にいつとなく際立つ存在感。
浮き立つ輪郭は世界にあいた覗き穴、それはなんとなく恐ろしい気もする。

この夜だけが放つ神秘性、写真にはうまくおさまらないだろう。

だから、とどめおけず、二度めぐらないこの無常を惜しむ心情に美を刻み込むしかない。

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咲かば散る花、咲かねば散らぬ蕾

Sakiume_2

梅。

中国読みでメイ。

五月に咲く花。

五月は英語でMay。

花は咲けばあとは散るだけ。

始まりを願えばそれは終りを願うのと同義で、そのジレンマにうち震えることもある。

名残惜しさ余ってカーテンを開けたまま何も灯らない部屋の中で夜もじっとり眺めてたら、いつの間にか沈む夢の世界。

散るからこその気品ある物腰は格調高く、ときに愛でる者の気位を問われるようであったりする。

と、そう感じるのはとどのつまり自分。

あくまで反映として自然は成り立っていて、だから感じることを知っている人に木花はあたたかな抱擁で迎えてくれるし、感じない人に自然は映像化すらされない記号のひとつ。

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