言の葉ひらり、すれ違う
インターネットという世界は不思議なもので。
匿名性が高い代わり、言葉が裸になる。
その人のスタイル、あるいはスタンスが透かし見えるようで面白い。
冷めた言葉で人を刺し殺すように言葉をつむぐ人がいる。
ぎらぎらに研ぎ澄ましたナイフを投げつけ、捕れなければせせら笑う。
かつての自分のように。
そういう人間にはもうなりたくないと思う。
思えるようになった。
ありがたい。
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コメント
お役にたてているならなによりです。
熱の通った言葉を発すればすれ違わないことはないと思うのだけれど、でも不思議なもので誰もが言葉を放棄しないんだよねぇ。
不思議、不思議。
不思議だらけの世界。
投稿: 緋色の擬人 | 2009年1月13日 (火) 19時56分
昨日用事があり一緒に歩いていた仲の良い女性に「ぼくとあなたの言葉はスカスカと交わることはない」というようなことを言いました。すると、彼女の心はどっかへいってしまいました。ぼくは自分の言葉が彼女の心をどっかに吹っ飛ばしてしまったしまったという罪悪感を抱き、同時にぼくの心は一人ぼっちになって寒く寂しい思いをしました。一緒に歩いてるのに一人ぼっち。心がバラバラ。今は何も心に伝えることはできないと思い、彼女のコートの袖をつかみながら無言で歩きました。用事を済ませてからぼくは「ごめんね。」と言いました。そしたらすごく悲しい顔で「なんでいつもそんなこと(ごめんという謝罪の言葉)言うの!」と。怒っているようでありました。
彼女は自分の心をぼくに話してくれました。「自分の心の前に自動的に壁がドーンとでてくる。」と。そのときはやっぱりいい気持はしないと。ぼくはそれを「心が冷凍庫に隠れる」って表現しました。彼女の心は自動的に安全で寒い冷凍庫に隠れます。だから彼女にとっては、まったくぼくの言葉に罪がなかったのです。だからぼくの罪の意識が理解できず、罪を背負うぼくの心を悲しんだのです。罪を背負うことをやめないぼくの心に怒ったのです。そうして彼女の心は「心ひとつしか入れない狭い冷凍庫」から出てきました。ぼくも温かい気持ちになり、寂しくなくなりました。ぼくは彼女が「人のせいにしない強い心」を持ってると勘違いをしていました。きっと心は誰もが同じく弱い。彼女の心も弱い。ただ彼女は自動的に一人になる反射神経のよい心なんです。そして一人になれる部屋「冷凍庫」のすぐ近くでいつも生活しています。だから心が傷つきにくい。それを教えてくれて、それがわかって、とても嬉しかったし、もっと仲良くなれたと思いました。もう冷凍庫に入らなくてもいいように一緒に歩きたいんです。
あとで彼女はぼくの言葉についてまるで木の後ろから顔を出して勇気を振り絞るかのように聞いてきました。ぼくは続きを言いました。「言葉は音として耳には届くけど、認識する世界(脳)が人それぞれだから言葉の上に思いを乗せて伝えても、思いは伝わらない。でも思いの共有はできる。そして重要なのはおれらが感じたい、知りたい気持ちなんて、元気?しあわせ?たのしい?くらいで、そんなもの顔見りゃわかるでしょ?ってことで。どうしても孤独でも手を放さなければ、皮膚と皮膚が感じさせてくれる。」みたいな。それこそ言葉はぜんぜん違うけど、こんな内容です。思いは外側から「伝わる」と言ってもいい。でも正確に言うと内側から「気づく」だし。思いは「共有」できるけど、想像してるイメージはたいていバラバラ。イメージを表現して一つにすることで大きな力が現実に発揮される。それは素晴らしい体験。ぼくはそんな素晴らしさをいつも感じていたい。生きていることは素晴らしいって思いながら生きていたい。今もここでも起きている「共有」とその「表現」。安藤君の言葉をみると内側からの気づきが拡張されます。ありがとうございます。
投稿: 心平 | 2009年1月13日 (火) 11時38分