2009年7月10日 (金)

下巻をめぐる冒険

金枝篇の下巻が無くて。

ゾロアスター教の本まで売れていて。

目をつけていた本が軒並み売れている。

こんな本に興味があるなんてどんな変態だ?

自分と同じ感性の人がいるということは嬉しいようで、それでいてなにか独占欲のようなものが激しく嫉妬の炎をあげる。

より多くに知られてほしいけど、知られたくない。

これは二律背反?

下巻だけがなくなるなんて、下巻をめぐるこの玉突き。

近隣最大の書店に在庫がないという事実は多少の絶望感を孕む。

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2009年7月 9日 (木)

『ありえない』でくくられた世界の外側で

こうやってまた仲間は増えていくものだ、代わりなんていくらでもいる

昭和歌謡大全集/村上龍

だいたい一時間ぐらいでざぁっと読める作品だと思います。

この作品の続編とも言える『半島を出よ』読了からかなりの月日が流れました。直後の読みたいときを逃し、それから何となくタイミングを逃し続け、ようやく、ようやく昨日読むことができました。

これでイシハラ、ノブエの鮮烈な記憶は自分の内にも宿ったわけです。

共有されたこの記憶のおかげで半島を出よの深みがよりいっそう増しました。

ただのおばさんグループ『ミドリ会』と『少数派』のイシハラたち。

ミドリ会という、全員がミドリという名前のおばさんたちは初見、没個性的な全体の象徴、多数派なんだと思っていました。が、どうやらその初見は見当違いでした。この物語は重なり合ってしまったニッチをめぐる少数派対少数派の生存競争です。(という個人の解釈です。)

そもそも、ダスキンの柄によく研磨された包丁をくくりつけちゃうおばさんが多数派なわけないですし。それが多数派ならそれはそれでステキな世界だと思いますが、あまり望ましい世界の姿では正直ないです。(苦笑)

過激さが加速する報復劇。

『ありえない』でくくられた世界の外側で展開されるありえない理由と、ありえない復讐戦。

両陣営の抗争がまさかのスケールへ展開。

読めば楽しんで書いたと言う村上龍さんのコメントの意味がよく分かります。

強烈な皮肉を含んだエンタテイメント小説。

ちなみに個人的に好きな登場人物は金物店の店主。

この人の色々すっ飛ばして話す感じが暗黒少年の心をくすぐる仕様。

この作品を読んだ日の夜、何気に録画映像チェックしていたら『骨まで愛して』が流れた。

偶然はときに神秘的。

まぁ、そのステージは心霊スポットで、歌ってたのはライセンスだったけど。

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2009年7月 4日 (土)

色はとりどりに

昨日のラッキーカラーは緑。

用事を済ませたあと、久しぶりに行った本屋さんがハードオフになっていた。

そこの二階で中古のバッカス、五弦ベースを見つけて感動。

こそこそ物陰に隠れて弾く。

弦やら接点復活剤やらも売っていて、ようやく地元で供給源を発掘。

店員の制服は緑。

こうやってラッキーカラーはこじつけられてゆく。

こじつけて幸せならそれで良いのです。

さっき、道を歩いていたら真っ赤なジャージのおじさんに『3243』と告げられた。

何の神託だろうか?

村上春樹の小説世界のような神秘性を産む、奔放な想像力と破壊的な非社会性。

裏の野原でねこが狩りをしている。

ねこがねこらしくある姿。

狩りの場合も、飼われる場合もねこらしく自然。

らしくを考えるのはひとだけだ。

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2009年7月 3日 (金)

Don’t say “Good bye”

けいおん!本編が昨日終わっちまった

それだけでなんか絶望感~~note

ああ。

来週には番外編が残るけれど、それ以降の木曜日に何の期待もない。

ただのLazyな木曜日。

眠たいときに安眠できる、安息の木曜日。

それはそれで幸せかも。

最後は一緒に演奏なんて倒錯。

敷かれた布団の上、オネエ座りで疾走感。

ビートを刻むツーフィンガーはけいれん寸前。

ちょっと極まった結果です。

ストーリーの性質上、二期も十分あり得るので期待。

このまま伝説的に終わるのも良いのですけどね。

耳コピ熱を定着させてくれた桜高軽音部に感謝。

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2009年7月 2日 (木)

そこは自分だけの心地よい世界

北海道新聞、木曜日、朝刊のコラム。

さらっと流して読んで(と言うか眺めて)いたら無意識に視点が定まる。その先にはコラム。

またお前か!的に、おじさん図鑑なるコラムが暴論展開。

今度はお笑いについて語ってる。

いわく、ツッコミはイジメ。

叩かれて赤くなっている頭が痛々しいんだって。

人の頭を叩くのは尊厳に関わるんですって。

ほんとにいるんだ、これを言うひと。(苦笑)

叩く、蹴る、落とし穴に落とす。そういった過激さを排除したぬるい笑いなら、こどもだろうと低学歴だろうとおじさんだろうととれる。(ただし価値観の押しつけなら拷問。話し相手の世代、キャラクターを加味せず、絶対的な自分を押し付けてしまう人が笑いがとれない人、失笑を買う人だと思います。)しかしそれを良しとせず、明確な相互理解の上で、より過激な笑いを引き受けるのがお笑い芸人。

そうやってお金を貰っているのがお笑い芸人という職業。

より多くの笑いをとれなければ廃業するしかない過酷な職業。

それはイジメだ!的な発言で活躍の場が封じられてゆく、それはお笑い芸人にとって頭を叩かれることより何より苦痛なのでは?

新聞読んで影響されてバラエティ番組に苦情入れたりするバカがいるのだからほんと勘弁してほしい。

そもそもイジメをイジメと認識できるのは当の被害者のみ。抗議の権利は当人にだけ与えられるものであり、血のつながりもないあかの他人が外野からどうこう言える性質のものではない。無自覚、無意識に加担していることがあるという、その本当の恐ろしさを知らない人のこういう気まぐれ発言にはあきれるばかり。頭を叩いただけでイジメだなんてイジメという現象を軽く考えすぎだからそういう発想になる。そこから発展するかもしれないなんて言ったら、森羅万象すべからく発展性を内包してる。

イジメを減らしたいという正義感ならお門違いということ。逆に多種多様なお笑い芸人がもっと活躍するようならばイジメも減ると思います。

このコラムニストには己の浅はかさを自認してもらった上で、さらに松本人志著『遺書』(か『松本』だったと思う)を読んでもらいたい。ちょっと古い本ですが、この件についてのお笑い芸人側の主張がよくわかります。

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2009年6月28日 (日)

からすとありと古紙回収車

空のカラスに気をとらわれていたら、ちくりと鋭い痛みが足の甲を襲う。

ほっといたらいつまでも痛くて、見てみた。

アリに咬まれてた。

どうやら彼らの巣を踏みつけていたらしい。

なんだかその瞬間、童話みたいな世界観が広がった。

からすとあり

みたいな。

いま、ある小学校のPTAが古新聞、古雑誌回収やってるらしく、古紙回収車が近くに来ているみたいで行ったり来たりしてるのが窓から見えるんですけど、トラックの人がいかんせん早口すぎてろれつが回ってない。マイク+スピーカーの性能の悪さもあって何言ってるか全然分からん。

『古しボッ、古ざボッ、ござましたら、ボ、ボボボボッ』

緊張してるわ~。

そんなの変わり者以外誰も聞いてないんだから適当にやれば上手くいくのに。

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2009年6月27日 (土)

精神病マニアは増加傾向?

筋書きは子ども向けのわりに演出がグロい(らしい)でお馴染みのMr.BRAIN。

自分は一話だけ見たけれど、素人目に見積もっても付け焼刃な知識が痛々しくってやめちゃいましたね。

で、今日の新聞にサッと目を通していたら多重人格なんていうキャッチーなフレーズが二週続けてラテ欄に載ってて、そんなに推すワードなの?それで釣ってるつもりなの?っていうさらにあ~あな感触。

いつからこんなに心理学万能の世の中になったんだろうか?なんて世を憂うポーズの自分にもそんなのにハマッた時期はあり、色々読み漁りましたけど。

その結果、心理学なんて名前だけがあるだけで知れば知るほど(未だ)底の浅い不安定な学問だと知るに至るわけです。人の精神は持続しているのに、ある瞬間的な状態だけを切りとって『この状態は解離性人格性障害!』とかいう診断はありえねぇって話に着地。

数年もすると症状につく名前、対処法も激変したりしますし、治療によって悪化したなんて話もよく聞く。そこへ来て古来から伝わる民間療法であったり悪魔祓いのほうが効果を出したりするのだから、自分の中では学問としての価値すら危ういです。

トンデモよりマシ、学問以下というところ。

最近はこころのケアなんて回復呪文のように唱える人がいますが、実際のところそれがどれぐらいの成果を挙げているのか?そこはグレーゾーンのまま。人のこころなんて紙の上で分かりやすくカテゴライズできるもんじゃないんだし、これ以上細かく裁断して病名増やしたところで自己暗示にかかる人が増えるだけ。なにもいいことないですね。

おお、こんな風に書いちゃう自分も『病的』だ!

どうぞパラノイアと呼んでくださいな。

ちなみに。

もやもやしたら運動する!

睡眠薬やら向精神薬なんかより経済的で健康的。

けっこうスッキリします。

目標(自分に合ったハードル)を設定するとなお良いかもしれません。

達成感こそは最高の良薬です。

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